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2011年11月23日水曜日

懐かしい場所♡


↑ここに祖父母の家があった。
小さな平屋で、さらに小さな庭には池もあって
”光子園”という名前がついていた。
それは、先に亡くした愛娘の名前だったんだと思う。
戦争で長男も、病気で幼い息子も亡くしている。
ただ一人長生きした息子である私の父も
今は、みんな天国で安らいでいる。

↑そして、ここは
同じ敷地内の、私が育った二階立ての家の
小さな裏庭跡。
いつも犬がいて、代が変わってもなぜか
飼うのはいつも茶色の雑種で名前はチャコ。

今はまったくおもかげもなく、
住む人も違うけど、、こっそり隠し撮り!


2011年8月10日水曜日

笹川流れ




日本海の魚にも
放射性物質が確認されたらしいけど
それでも、本当に美しい海でした。

こんなきれいな海に,自然に
そして自分たち自身に、
人間のあさはかさで、とりかえしのつかない
汚し方をしてしまったんだね。

本当に
なんといって誰に向かってあやまったらいいのか、、。
神様、そして創られたすべての生物たち、ごめんなさい。

人類全体が心から謝罪して
方向転換できたなら、

きっと思いがけない方法で
”毒”が消せる日がいつか来るのではないかと思っています。


神様が毒を消す”何か”を自然の中に
すでに用意されているのではないかと思っています。

発見されるのがいつかは、わからないけど。
きっと、、、、。


今までの
笹川流れツアーの中でも
最高の天気に恵まれた2日間。

沢山の種類の大小の魚達の
おじゃまをさせて頂いて、
まるで魚の仲間になったかのような
至福の2日間でした。

おかげで
真っ赤に、日焼けして
ほとんど、水のシャワーだけ使用可。
温泉やお風呂には、痛くて入れない状態に。
(私だけじゃないけどね!)




ゆるされるなら
また、いつか魚達とご一緒したい!!!





2010年5月18日火曜日

母の日♪

両親が天国に居るという安心感があっても、
この地上にはいないという
ふわーっとした寂しさに
涙がこみあげる瞬間がある。

特に晩年の
父や母に似た年代の方が
ゆっくりと歩く姿や
バスを待っている姿を見かけると、
”あれっ!”
”じわ〜〜〜”って感じ。


思春期には思いっきり反抗もし、
母とは最終的には私が泣いて訴えるという口論も沢山したけれど

その反抗期に、共働きの両親が深夜までつきあってくれたこと、


何よりも世間的常識から見れば
特異?な私の人生や考え方を
なんとか受け止めようと努力してくれたこと、

その他、大切な生き方の基盤を
しっかりと示してくれたことなど
感謝してもしきれない。

母の愛、
それは時には、からみすぎて重たかったり、からまなすぎたり、
その距離感は子供にとって、決していつも正しい訳ではない。
だから、離れたほうが良い場合さえある。

だけど、命がけで産んでくれた
その一点だけでも
十分感謝に値するのも事実だ。


(バングラデッシュ国籍の友人の長男T君が
お母さんを描いた作品。)







2010年3月24日水曜日

父の笑顔(秘蔵写真?)

当時お粗末な携帯カメラであわてて撮影した
父の写真が見つかったので
私信と記録をかねて
アップします。

数年前、
愛してやまなかった
日本キリスト教団渋川教会の
2階礼拝堂に登る
椅子式のエレベーターを初めて
使わせて頂いた時のもの。
あまりに嬉しそうだったので!!



晩年は
満面の笑顔の場面がすごく多かったので
ヘルパーさんやデイサービス先では
大人気でした♪







2010年3月10日水曜日

招天2周年記念日




タイトルの招天は
天国に招かれた日っていうのが
いいかな〜と私の造語。

2008年3月10日
88歳だった私の父は
天国へ旅立っていきました。

肺炎でちょっとだけ
苦しい思いをしたと思いますが
本当に、ちょっとだけ、、でした。

とびっきりの笑顔と笑い声が魅力。
まっすぐな信仰も。

お墓の扉のリースを春向きに変えました。







2010年1月15日金曜日

掃除期&掃除記!

子供の頃
クリスマスも終わって
家族全員参加で行う年末のおおそうじは
一大イベントで、、。

天井のすす払い。
(石油ストーブの芯にマッチで火をつける時、黒煙を出していた!)

障子やふすまの張り替え。

細かい部分の汚れ落とし。

ガラス拭きなどなど、、。

高い所にのぼるのが好きだった私は
2階の部屋の窓ガラスを桟にまたがって
拭く時のスリル感を楽しんだり、、。

天井のすす払いのついでに
ぞうきんで落書き?したり、、。

自営業(教会&幼稚園)で
家族全員でどこかに出かける事は
皆無。

父と母のどちらかは
必ずお留守番。

今みたいに留守電も携帯電話もなかったからね。

そんな私たちにとって
家族がそろう楽しいイベントだったのだ。

それでかな〜。
料理、掃除、洗濯
家事の中で一番楽しいのは
迷わず整理&掃除♪

だからといって
いつも掃除していてきれいなわけでは無い。
だって使命感と愛ゆえの働きのものの相棒のおかげで
すごく忙しいんだもん。

クリスマス行事が終わって
年末で
会社が休みになった相棒と
映画も見に行かなくちゃだし、、?

私の掃除期は確定申告書類作成前の
今!なのです。
楽しんでます!

でも、指先はがっさがさです!
一番のお部屋の変化といえば

こたつの足を高くしたこと!
これは優れものです。
らくちんになりました!

愛猫ミルクだって、、ほら!
喜んでいます?


2010年1月12日火曜日

もちろんスタッドレス!

10代後半から
京都、岡山、群馬南部、横浜と移り住んできた私にとって
大人になってからの
群馬北部での車生活は新鮮なものだった。

数年間山岳地帯?に勤めた折りには
急に積もる雪に驚かされ
恐い目にもあった。

なんとかなるだろうと
甘く見て
車を置いて職場から帰ることをせず
そろ〜りそろ〜りノーマルタイヤのまま
雪の夕方道を帰ることに、、。

幹線道路はすでに踏み固められていて
とろとろ降りていたにもかかわらず
ハンドル制御不能に!!!!!

わぁ〜〜〜〜〜〜〜!

もう本当になすすべもなく、
身を任せ滑り着いたのは

なんと!
ガソリンスタンド!!!

命拾い〜〜〜!

早速スタッドレスに代えてもらって
ほっ、、、、。
なぜだか、支払いのお金も足りたの、、。

それからは、たとえ暖冬といわれようと
地球温暖化が叫ばれようと
11月中にはスタッドレスで準備万端にしている。

このごろは、みちばたに砂置き場が設置されるようになった。
この砂、使う人いるのかな〜〜〜?

ちっとも雪降らない。
スタッドレスがもったえない、、、。

2010年1月8日金曜日

自給自足への思い♡

皆様の応援と
ご協力を頂いて
2009年初挑戦の米作りは
完了、、と思いきや
ワラ(藁)の存在に気付きました。

もったえなくて捨てられず
かといって、少量のため
何に使えるのか思いをめぐらせておりました。

そんな時思い出したのが
私が小さい頃に与えられていたベッドのこと。

廃材や戸板を利用した、父の手作り。
マットはなんと厚い藁布団だったのです。
おそらく木綿の布を
袋にして藁をぎゅーぎゅーに詰めて縫い閉じたもの。

こんな感じ↓


そして、枕はきっと
あの風で飛ばした”もみがら”だったのかも。
なんと無駄のない、知恵のある昔の生活!!!

戦争で多くのものを破壊され
復興のため、働きずくめでゆとりを失い
経済的に豊かになったら
米国の市場として様々な洗脳を受け
すっかり消費のとりこ(中毒?)になった日本。

昔の人なら当たり前に
自分で出来た事を
少しづつ取り戻そう。

それが、去年からの
私の自給自足のための挑戦を支える思いです。

衣食住のすべての分野で
少しづつ、継続的に!


2009年12月25日金曜日

クリスマスイブ



クリスマスの思い出は?
と聞かれてもすぐには思いつかない私。

子供の頃、枕元にサンタさんからの
プレゼントを見つけてうれしかったことが
1〜2回位あったような気がする、、。
何をもらったのかは、、、忘れている。

父が牧師をしていたため、
毎年クリスマスシーズンは教会のクリスマス行事
の準備で大忙し。

キャンドルサービス(ロウソクのあかりで礼拝する)で、
ロウソクのろうがたれても危なくないように
円形で真ん中をくりぬいた厚紙にロウソクをセットしたり
交換プレゼントの用意のない人のためのプレゼントを包んだり、、。
出し物の練習をしたり、、、。

ロウソクに火をつけて遊ぶのがうれしくて
けっこう、つけたり消したりしていたけど
大人に怒られた記憶はない。
かえって”ロウソクが好きなのね!”って微笑まれた記憶がある。

おおらかな時代だったね。

ウン十年が過ぎた今でも
クリスマスシーズンはイベントを企画するほうで
雰囲気に浸ったり、楽しんだりというよりは
やっぱり準備に忙しい。

今日の夕食は、野菜不足解消と
調理時間節約のため
水炊きにしちゃったけど

ちょっとがんばってデザートに
クリスマスツリー型チョコバナナを作ってみた!

ほんとは写真をアップしたかったのだけれど
どうみてもツリーに見えない。
チョコが厚すぎて固すぎて
がんがん壊さないと食べられないし。。

ま、はっきり言って失敗作、、。
写真はとったけど
アップできないな〜〜〜(泣)

良く通る道にある電気屋さんのオブジェ。
煙突から出たり入ったり
忙しいサンタさんの写真を
かわりにアップ。

メリークリスマス♪







2009年11月25日水曜日

エピソード1=果樹園

前投稿で果樹園と書いて思い出した昔の話。
私の父方の祖父は
有言実行家でいわゆる”大風呂敷”とは
違うとは思うものの
それに近い発言も時にはあったようで。

母が笑いながら話してくれたこと。
父との結婚を機に
遠く石川県から始めて群馬県に来るにあたり
祖父から母宛の手紙に

”貴女は果樹園の世話をしてくれれば良いです”
と書いてあったそうで。

どんな広い果樹園かと思い、嫁いできてみると
庭にあったのは
いちじくの木やサクランボの木や
ほんの数本の果樹だったとのこと!

ほほえましい話。
キリスト教伝道活動のため
全国を飛び回っていた祖父。

”大風呂敷的”ビジョンあってこそ
大きな働きができたのでしょう!

晩年、ベッドから降りられなくなってからも
ほとんどの時間を、
家族や知人のための祈りに費やしていたと
父から聞いた。

見習いたい。





2009年10月30日金曜日

ハワイ〜♡


17年前、アメリカ本土からの帰りに1泊2日で訪れただけのハワイ。
偶然にも前回と同じ季節。

今回の滞在期間は12日間。
しかもゴスペルの歌い手として、、。
17年前の私は今の私を見て
びっくりしている、、。


人生って面白い!


2009年8月11日火曜日

ああ島!粟島


民宿裏は海。
水平線上に粟島が見える。

いつか行ってみたい。

2009年8月10日月曜日

笹川流れの夕日♪


いつから新潟の海に行くようになったのかな〜と思い出してみる。
母が、手根管症候群手術のための入院中、
私たち夫婦と友達の3人で病院に見舞った時
思いつきで”海が見たいね”ということに。

すぐさま、あてもなくただ新潟に向かった。
夕方に藤塚浜というところにたどり着き、
海をみてたら泳ぎたくなり
私は下着になって海に入った!
薄暗いし、いいよねって。

訳あって海に沈む夕日を一人見られなかったと怒る?
友人のパニック状態をなんとかなだめ
美味しいウニ他10種類の海鮮丼に舌鼓をうつ。
1999年8月11日だ。
数日後にもう一人友人を誘って
再び藤塚浜へ。
安兵衛という民宿確保。

翌2000年8月17日にまた、藤塚浜安兵衛へ。
この時は9名になっている。
翌日に安兵衛で紹介された笹川流れの海女さんのいる民宿に北上し夕食。
(日記に記録してありました)
これが笹川流海水浴のはじまりです。
そして2006年まで、毎年恒例参加者約20名の海水浴の旅になっていました。

そして今回、3年ぶりの日没間近の笹川流れの写真です。

2009年7月27日月曜日

実家のバラ


去年の春、仲良く天国へ旅立って行った両親が
老後の生活を送っていた家の庭に植えられたバラが
今年も真っ赤に咲いています。

母はバラの花が大好きでした。
生前の母を、花にたとえるとしたら
確かに”バラ”かもしれません。

若い頃の写真をみると
”イングリッドバーグマン”に似た美人で、
気品がただよっていて、、、。

父も背が高く細身の紳士風、、。

男勝りで、やんちゃな私は
友達から”ホントにあのご両親の子供?”
と言われ、
小さい頃は、兄に”牧子は橋の下からひろってきたんだよ”
とかまわれていたので、慣れていて?
”ま、どっちにしても私にとって大した問題ではない”と感じて
まったく悩みにはなりませんでした。

誰の子かとか血筋とかいうことよりも、
安心してのびのび暮らせる人間関係と環境があれば
子供は育つんでしょうね。きっと。






2009年7月8日水曜日

ユキの太陽


子供の頃の
すっごくうれしかった思い出。

週刊”少女フレンド”が毎週自宅に届いたこと。
最初に読者プレゼント応募ハガキを出したら、素敵なペンダントが送られてきたこと。
おまけに今となってはおそらく幻の存在、着せ替え人形”タミーちゃん”んの
似顔絵を描いて送ったら、
本物の”タミーちゃん人形”が何点かの着せ替えとともに送られてきたこと。

少女時代の私は、少女文学全集や少女漫画に夢中で
夕ご飯に呼ばれても、なかなか階下におりていかない
ある意味かなり、ロマンティスト?だったみたいです。

好きな漫画の中でも、いつまでも印象に残っていたのが
”あしたのジョー”で有名な、
ちば てつや作の”ユキの太陽”です。

もう一度見たいと思いつつ、”あしたのジョー”ほどメジャーでもないし
手に入るはずはないと
なかばあきらめていましたが
なんと、ネット販売で見つけました♪

昭和44年発行の文庫本。当時の販売価格は一冊240円。
今回のネット販売価格1万うん千円!!!

思い切って買いましたよ!!!!!

印象にのこっていたのは
養護施設育ち、男まさりの主人公の少女ユキが養女として引き取られた家で
食前に、ひとり黙って祈る場面でした。
その行為は、周りの大人からめずらしがられるばかりで、
どちらかといえば否定的にとりあつかあれるのですが、
なぜかとても心に残ったのです。

あらためて目を通してみると
かなり深刻な社会の問題が織り交ぜられていました。
地上げの問題、様々な差別の問題、、。

過酷な試練をひとつひとつ乗り越えていく
勇敢な少女と、それを助ける暖かく強い心を持つ人たち。

正義とか、愛とかがまっすぐに語られた時代。
懐かしがるのではなく、これからのためにもう一度読んでみよう!



2009年7月5日日曜日

7月4日*

比較的(?)方向音痴な私。
値段が高いので、車購入時ナビを付ける気は全くありませんでしたが、
相棒の強ーいすすめもあり、”そんなに言うんなら、、”とオーディオと一体型のナビ搭載。

今では、相棒の助言に感謝の日々を送っておりますが、
その日初めて運転する時、”○月○日、***の日です”と音声案内があります。
7月4日は”アメリカの独立記念日”とか言うのかな〜と思ったら
言うに事欠いて”梨の日です=7(な)4(し)”だって。

ギョーザの日です。とか、温泉の日ですとか、、なんだか笑っちゃう記念日が多いの!

私にとっては、7月4日は2005年以降寂しい記念日になっちゃった、、。
中学時代からの親友"Fu"が突然、天国へ旅立った日。
高校卒業以降は、住む場所も、生活も重なることもなくて
何年かに一度会えるかあえないかという位。

それぞれがそれぞれの果たすべき役割に一生懸命だった。
子供たちも大きくなって、そろそろ自分のための時間も作れるはずなのに
時々電話で、”近場の温泉1泊くらいしようね”っていいながら
彼女は、いつのまにか東京でカリスマヘルパーさんになって、
休みの日でも、担当のお年よりに呼ばれると自転車で訪問していたという。

一生懸命、周りの人を愛したんだね!
自己犠牲という言葉は今や否定的にとらえられがちだけれど、
彼女の人生からは、自己犠牲のもつ美しさが感じ取れる。
電話の向こうで彼女はいつも笑っていた。楽しそうに。

2009年7月4日土曜日

さくらんぼ?サクランボ?


さくらんぼ。それも山形県産。。佐藤錦。。。1パック300円台。。。。
例年よりずいぶんお値段安いですよね?なので購入♪
例年は頂いた時しか食べなかったのに、今年はもう3回目のお買い上げ〜。

子供の頃、庭にさくらんぼの木があって、登っては食べ、登っては食べ、、。
近所の子供達にも自由に開放していたので?傷んだその木はやがて枯れ、
切り株だけが残りました。

今思えば、大きな白樺の木もあったのに、表面の白い皮をむくのが面白くて
毎日皮むきしてた。

ずいぶん、木には可愛そうなことしてたんだな〜。

そのことで、両親に怒られた記憶はない。不思議。
それとも、怒られたのに気にしてなかったのかな?

今となっては、確かめようがない、、、。




2009年7月1日水曜日

7月*夏です?


すごく暑くて、”あ〜もう服なんか着たくない!”と思う日があるかと思えば
今日のように、薄手長袖の上着が必要な日があったりして。

体調管理、大変ですよね。

”なんだか仕事する気にならないな〜”
”だるいな〜”と感じる自分を、人間として当たり前と受け入れていいですよね?

ところで、7月は私、相棒、相棒の父親、その他数名の友人達の誕生月です。
早めのプレゼントを頂きましたのでUPします。

子供の頃から、私の力になってくれた
テーマソング”ひょっこりひょうたん島”グッズの数々(^0^)/

♪苦しいことも あるだろさ 悲しいこともあるだろさ
 だけど僕らはくじけない、泣くのはいやだ 笑っちゃお すすめ〜♪

泣くのはいやだと歌いながら、泣き虫の私はずいぶん泣いてきました。
いっぱい泣いて、その後すぐに笑うので
子供のころから、兄達に♪泣いたカラスがすぐ笑う♪
とからかわれていました。

ま、いいじゃない。泣くのは、早く立ち直るお薬の役目を果たしますよ。ほんと!
男の人だって、どんなに年齢重ねたって、泣きたい時は泣こうよ。

♪あなたの涙をぬぐってくれる イエスに心が痛む時 手をあげ祈って!